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東京高等裁判所 昭和37年(う)1961号 判決

控訴人 被告人 中嶋右治

弁護人 二関敏

検察官 原長栄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役弐年に処する。

原審における未決勾留日数中百日を右本刑に算入する。

本件公訴事実中後記器物損壊の点についての公訴を棄却する。

理由

しかし職権により調査するに、本件公訴事実中原判示第二事実に対応する、被告人が昭和三十六年十月初旬午後十時頃新井鉄工所前において遠藤富治郎こと遠藤富次郎(以下同じ)所有自転車の発電ランプを鉄パイプで叩きつけて破壊し、以て他人の器物を損壊したこの点は刑法第二百六十一条に該当し、同条の罪は被害者遠藤富次郎の告訴を待つてこれを論ずべきものなるところ(同法第二百六十四条)、右遠藤富次郎の検察官に対する昭和三十七年四月二十六日附供述調書、小野田清司の司法警察員に対する供述調書、被告人の司法警察員に対する同年四月十七日附供述調書、同じく検察官に対する同年同月三十日附供述調書、当審証人遠藤富次郎、同小野田清司の各供述によれば、被告人が右の如く遠藤富次郎所有の自転車の発電ランプを破壊し、以て器物損壊の犯罪行為をなしたのは昭和三十六年十月十四日であること明白である。そして被害者遠藤富次郎は同日右犯行直後に右犯罪事実を知り且つその犯人の氏名まではこれを確知しなかつたけれども、その何人であるかを特定し得る程度、すなわち他の者と弁別し得る程度に認識したこと、換言すれば、本件被告人を一見すれば、直ちに右犯人であることを指摘し得たものと認めることができる。ところで、右遠藤富次郎は昭和三十七年四月十七日附告訴状により被告人を右犯罪事実につき告訴しているのであるが、該告訴状は同年同月二十日伊勢崎警察署に受理されていることは記録上明らかであり、同人は右告訴当時に初めて犯人を知つたのではなく、被害の当日である同三十六年十月十四日既に犯人を知つていたと認められること前叙のとおりであるから、右犯罪事実についての告訴は、犯罪後告訴権者が犯人を知つた日から六箇月を経過し、告訴権が消滅してからなされた無効の告訴というの外なく(刑事訴訟法第二百三十五条第一項本文参照)、記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴しても、他に同人の有効な告訴がなされたことを認むべきものがない。

してみれば、本件器物損壊罪についての公訴提起の手続はその規定に違反したため無効であるから、原審はすべからく同罪についての公訴を棄却すべきであつたに拘らず、その措置に出なかつたのは不法に公訴を受理した違法があり、原判決は被告人のその余の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意(いずれも量刑不当の主張)に対する判断を須うるまでもなく破棄を免がれない。

(その余の判決理由は省略する)

(裁判長判事 坂間孝司 判事 栗田正 判事 片岡聰)

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